コンマス 大谷康子さん
ある夜の出来事
私たちが普通に楽しむことができるコンサートというのはだいたい2時間で終わります。「普通に楽しむことができる」というのはおかしないいかたですが、大人がフツーに楽しめないコンサートというのがあるとすればそれは大スタジアムに何万人もの聴衆を集めるロックやニューミュージックの野外コンサートでしょうか。こうしたコンサートは数時間、場合によっては一晩中も大音声が鳴り響いているらしいです。そんな場所でも受け入れられるのはやはり若さの特権といっていいでしょうね。
それとは対照的に、ある時私は、「大人」向けのこじんまりしたコンサートホールで室内楽を楽しみました。聴衆はせいぜい600人程度。ステージでは端正な居ずまいで演奏するアーティストたちの息遣いも伝わるようなアットホームは雰囲気に満たされた素敵な2時間でした。この程度の規模のホールですと、聴衆もそれなりに音楽愛好家といった風で、私などはちょっと気おくれしそうな気分すら覚えます。でもその夜はステージも客席も一体となった居心地の良さだけを味わってコンサートが終了しました。「アーティストの皆さん、ありがとう」と言いたい気分で客席を立ち、演奏の記憶を心にあたためながらゆっくりエレベーターに向かいます。
客席を出た多くの聴衆も私と同じような気分だったと思います。まもなく乗り込んだエレベーターの中から向こうを見ると、数人の若者が楽器ケースを抱えてこちらに急いで走ってきます。大急ぎで着替えを済ませて帰りを急いだのでしょう。
彼らが乗り込むのを待ってエレベーターが下り始めました。すると、たぶんたった今、ステージで私たちを酔わせてくれたらしい彼らが、タメ口でおしゃべりし始めました。どんな内容だったかは忘れましたが「帰りに一杯やってく?」といったか「お腹がすいたからラーメンでも食べて帰ろうか」といった他愛ないものだったような気がします。
その夜の曲はメンデルスゾーンだったかシューマンだったかも記憶がありませんが、温みを帯びたコンサートの記憶が一瞬で萎えてしまいました。若手ではあってもプロはプロ。ドリームメーカーたるもの、そのような場所で聴衆の夢を砕くような振る舞いは見せるべきではないだろうと思います。
ところが本当に一流とされるアーティストはさすがにそういうことはないなと思わせる場面にも出会いました。これは新宿・初台にある東京オペラシティーホールでの演奏会の時のこと。やはりエレベーターでのことです。その時は私たち以外に誰もいませんでした。そこに乗り合わせてきたのが当時の東響のコンサートマスター大谷康子さんでした。ステージでは真紅のドレスに身を包みひときわ輝いていましたが、私服に着替えたその姿はあらためて上品なたたずまいに変身していました。家内と私は大谷さんを目の前にしてしゃべる言葉も見つからずもじもじしながら「今夜は素晴らしい演奏をありがとうございました」というと、大谷さんは笑顔を浮かべてごく気さくに応じてくれました。「どちらにお帰りになるのですか?」などと私たちに質問などするその語り口はまさに上品なご婦人といったものでした。それまでも大谷さんファンであった私たちはその夜、ますますその意を固くしたのでした。
今日のこのブログでは大谷康子さんと小林研一郎さんとのデュエットでちゃるダッシュを聴いてください。
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